向精神薬と神経細胞との関係
人の脳内には無数の神経細胞が存在し、1個1個の細胞が数珠のように繋がりネットワークを形成しています。
その神経細胞の中に、電気が流れることによって情報伝達が行われ、運動、思考、感覚伝達が行われています。
人の感情・精神も神経細胞の働きが関係していることは、1869年、アメリカの神経学者ジョージ・ベアードによって初めて明らかにされ、疲労感、不安、抑うつ、頭痛、勃起不全、神経痛といった症状は神経の働きが弱っていることが原因であるとし、これらの症状をまとめて「神経衰弱」と命名しました。
後に、精神分析の父ジークムント・フロイトによって現在のうつ病、強迫性障害、パニック障害に当たる症状はまとめて「神経症」と命名され、精神病とは異なったものと考えられていました。
・神経症・・・うつ病、強迫性障害、パニック障害など
・精神病・・・躁うつ病(双極性障害)、精神分裂症(統合失調症)、てんかん
戦前は精神治療として、コカイン、覚醒剤(アンフェタミン・メタンフェタミン)、バルビツール酸系睡眠薬といった、現在では違法薬物類がごく普通に常用されていました。
現在のコカコーラはカフェインが入っていますが、コカコーラの「コカ」は、当初コカインが入っていたための名残で、コカイン中毒が西欧では蔓延し問題となった時期もあります。
戦時中も、覚醒剤はヒロポンと呼ばれ、兵員達は士気を高めるためにヒロポンを愛用していました。
戦後になってから、覚醒剤の有害性が広く認識されるに至り、1951年ようやく法律で規制されることになります。
第2次大戦後1950年代あたりから神経伝達物質のモノアミン(ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンの総称)の減少によって、うつ病や統合失調症が起こるといった「モノアミン仮説」が登場し、向精神薬(抗うつ薬、抗精神薬)が開発されるようになります。(仮説とは、データが実証されたものでなく推論的なものです)
最初に登場した抗うつ薬は「三環系」と呼ばれるものでしたが、副作用が強かったため、副作用の弱い抗うつ薬が次第に開発されていきます。
日本では、1998年から抗うつ薬の再取り込み阻害薬SSRIが入ってきてから、うつ病も認知され向精神薬の使用量が急増していきます。
急増した背景には、通院する患者が増えたことと、うつ病でもないのにうつ病と診断されるケースが増加してきたためで、実際本来のうつ病患者が増えてきたというわけではありません。
向精神薬の服用後がやっかいなのは、「覚醒剤」とほとんど同じ作用(トランスポーター阻害)であるので、急に中断すると麻薬や覚醒剤によくみられる離脱症状(禁断症状)が起こり非常に苦しくなったり、自傷行為に襲われたり危険な場合があることです。
また、副作用も多々あるので、発症前よりも症状が悪化し入院するケースも多いので、服用に注意する必要があります。
健康的な人でも一度服用をして薬が馴染んでしまうと、服用をやめた後でも生涯うつ的症状が残る場合もあります。
しかし、医師は、処方前にこれらの危険性については知らせてくれないばかりか、薬の作用によるものではないと主張する場合が多々あります。
現代の精神医療のメインとなる治療法とされていますが、対症療法(一時的な症状を緩和するだけ)であって治療法ではないので注意が必要です。
向精神薬の怖さを知っておくには、神経細胞や神経伝達物質といった基礎知識を知っておく必要がありますので、ここでは基礎的なことについて説明しています。
神経伝達物質とは
向精神薬、神経伝達物質が日本で一般的に知られるようになったのは、1998年からで、当時はモノアミン仮説を根拠にした
「うつ病はセロトニンの減少によって起こる」
というキャッチフレーズでうつ病に関する認知も広まっていきました。
セロトニンは神経伝達物質の一種で、うつ病治療に利用される抗うつ薬は、神経伝達物質の分泌をコントロールすることで精神状態を改善する薬です。
神経伝達物質とは脳内の神経細胞で作り出される化学物質のことで、神経細胞のシナプス小胞という部分に積み込まれています。
神経細胞は電子回路に例えると、配線のような役割をしており、電子が流れることで脳内で処理された情報が体内の各所に指令が伝わります。
ただし、電子回路の配線のように途切れのない一本の配線でなく、数多くの神経細胞同士で情報を伝達しているため、神経細胞間に隙間(シナプス間隙)が生じ、このままでは伝達が上手く伝わらないことになります。
細胞間同士の隙間を往来することで情報(電流)を伝える伝書鳩のような役割を果たす物質が「神経伝達物質」です。
神経伝達物質は伝書鳩のようなもの
神経伝達物質の種類 ~様々な役割をもつ神経伝達物質達~
神経伝達物質の種類は、100種類以上にのぼり、脳内の、どこの部位かの神経細胞かによって伝達物質の種類も異なっています。
その種類によって眠気、イライラ、爽快感といった精神状態のコントロールや、自律神経を調整するなど、様々な役割を果たします。
神経伝達物質は、小さな有機分子である
「小分子伝達物質」
と、アミノ酸が連なった大きな分子である
「神経ペプチド伝達物質」
と大きく2つのグループに分類されます。
神経ペプチド伝達物質が入ったシナプス小胞は、電子顕微鏡で観察すると黒っぽく見えることから「有芯小胞」とも呼びます。
白い顆状がシナプス小胞、矢印の黒い部分が有芯小胞。この中に神経伝達物質が入っている (画像:wikiより)
代表的な神経伝達物質
作用神経 存在場所 |
役割 | 特徴 | |
小分子伝達物質 | |||
アセチルコリン | コリン作動性神経 大脳新皮質と大脳基底核などに存在 |
意識、知能、集中、記憶、覚醒、睡眠に関わる | 副交感神経高める。 多いと集中、記憶UP |
グルタミン酸 | 中枢神経 大脳新皮質、海馬、小脳などに存在 |
学習、記憶に重要な役割 | 最も一般的な神経伝達物質で興奮伝達物質の代表 |
γーアミノ核酸 (GABA) |
中枢神経 大脳新皮質、海馬、小脳、大脳基底核などに存在 |
不安を鎮めたり睡眠を促すなど精神抑制 | グルタミン酸からつくられる、抑制伝達物質の代表 |
グリシン | 脳幹、脊髄 | 精神の抑制作用として働くが興奮作用もある | |
モノアミン | |||
ヒスタミン | 視床下部(結節核) | 覚醒度、記憶を制御。自律神経の調整にも影響 | |
ドーパミン | 大脳基底核にある黒質、被蓋 | 精神活動を活発にして「快感」に関わる | |
セロトニン | 脳幹の縫線核 (ほうせんかく) |
脳の覚醒、精神状態を安定化 | トリプトファンからつくられる 睡眠時はメラトニンに変換 |
ノルアドレナリン | 交感神経節後線維 脳幹の青斑核 (せいはんかく) |
覚醒力が強く 注意、不安、学習などに関わる |
交感神経を高める |
神経ペプチド神経伝達物質 | |||
βーエンドルフィン | 視床下部(弓状核)で合成下垂体前葉から分泌 | 鵜睡欲、性欲が満たされると分泌される。 鎮痛効果、幸福感に関わる。 |
別称:脳内モルヒネ |
オキシトシン | 視床下部(室傍核)で合成 下垂体後葉から分泌 |
男女の愛情、信頼に関わる | 別称:絆ホルモン 愛情に関わる |
神経細胞(ニューロン)について
人の細胞は、大人で60兆個あると言われています。
脳は、ニューロンと呼ばれる神経細胞と、神経細胞を除いた細胞の総称であるグリア細胞の2種類でつくられています。
さらにグリア細胞は、
「アストロサイト」「オリコデドロサイト」「ミクログリア」
といった3種類の細胞に分けられます。
グリア細胞~脳を構成する細胞~
3種類のグリア細胞の各働きは、次のようになっています。
アストロサイト・・・日本語では星状膠細胞と訳されるように、星状の形態をしています。神経伝達物質の取り込み、シナプス周辺のイオン環境の維持、血液脳関門の役割などその役割は多く神経の生存環境の維持に関わる主な細胞です。
オリコデドロサイト・・・神経伝達速度を上げるため、神経細胞にまとわりつくようにミエリン鞘を作る細胞です。
ミクログリア・・・損傷を受けたニューロンの除去や修復機能などにかかわります。
神経細胞(ニューロン)の構造
神経細胞の数は大脳で数百億、小脳で800億個以上という膨大な神経細胞同士がつながり合って脳内でネットワークを形成しています。
神経細胞は、中心に細胞核を持つ細胞体とその周囲から伸びる樹状突起と、細長い1本の軸索で構成されています。
樹状突起は、他の神経細胞からきた情報を受け取る部分で、軸索は他の細胞に情報を送る役割をもっています。
その情報は電気信号で送られるため、漏電防止のため軸索にはミエリン鞘と呼ばれるオリコデドロサイトによってつくられた脂肪で被われています。
軸索の先端は枝分かれし、シナプスと呼ばれる他の神経細胞とのつなぎ目部分があり、その先端で神経伝達物質を放出して他の細胞に電気信号として情報を伝えます。
シナプスとシナプス間隙
神経細胞同士のつなぎ目をシナプスといいます。
受け手と送り手の間のつなぎ目の間は数万分の1mmサイズの電子顕微鏡でしか確認できない隙間が存在します。
これを「シナプス間隙」といいます。
神経細胞は電気信号で情報を伝達していますが、このシナプス間隙は隙間となっているため、電流が流れることができません。
その代りに「神経伝達物質」という化学物質でやりとりを行っています。
シナプスにおける神経伝達物質の役割
神経細胞の軸索を経由してきた電気信号がシナプスに到達すると、シナプス小胞に保管された神経伝達物質が放出されます。
放出された神経伝達物質は、シナプス間隙を伝達し他細胞へ到達すると電気信号へ変換されて、細胞間で電気信号の伝達が行われています。
ここでは、そのプロセスについて詳しく説明していきます。
①軸索から電気信号流入
軸索からシナプスに通ってきた電気信号が到達すると、シナプスに電位差が生じる。
②カルシウムイオン取組み
シナプスに生じた電位差により、カルシウムイオンがカルシウムチャネルを通ってシナプス内に流入。
③シナプス小胞開口
カルシウムイオンはシナプス小胞に刺激を与え、開口して神経伝達物質をシナプス間隙に放出。
④神経伝達物質の伝達
神経伝達物質は他細胞にある受容体(レセプタ)に到達し、シナプス間隙にあったナトリウムイオンなどがレセプタ内に取り込まれ他細胞に電気信号が流れる。
⑤神経伝達物質の回収
受容体に到達した神経伝達物質はトランスポーターに回収され、再度シナプス小胞内に貯蔵される。
再取り込み阻害薬(SSRI)とは
抗うつ薬でよく知られているのが再取り込み阻害薬SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)です。
うつ病は、シナプス間隙の神経伝達物質セロトニンが減少することで発症するといった根拠を元に開発された薬がSSRIです。
この薬は、トランスポーターを阻害することで、シナプス間隙に放出された神経伝達物質の再取り込を抑制します。
そうすることで、シナプス間隙の神経伝達物質濃度が減少することを防ぎ、受容体(レセプタ)に神経伝達物質が衝突する確率を高まり、電気信号の減少を抑制する作用があります。
このような作用機序によって、神経細胞間の電気信号の流れを一定に保ち、うつ的症状を改善するのがSSRIです。
しかし、投薬療法は一時的にシナプス間隙の濃度を高めているだけですので、薬の効果が弱まると元の精神状態に戻っていきます。
麻酔のような痛み止め効果のようなもので、実際SSRIは痛み止めとしても利用されることもあります。
向精神薬の副作用
抗うつ薬は、うつ病により不足したセロトニンを、補充する薬です。
本来の本当のうつ病とは、悩み、ストレスもないのに起きている間はずっと憂鬱感がつきまとう「定型うつ病(メランコリー親和型)」を指します。
抗うつ薬が有効なのが定型うつ病です。
しかし、セロトニンが不足していない状態で使用するとどうなるでしょうか?
うつ病でもない健康的な人(ただの悩みや疲れ、適応障害)が服用したり、抗うつ薬の処方量が過剰になると、セロトニンが過剰となって、不安、発熱、震えといった症状が起こります。
これをセロトニン症候群といいます。
セロトニン症候群は、非定型うつ、新型うつ(境界性、自己愛パーソナリティー)タイプに起こりやすく逆効果になることが多いようです。
よく、「セロトニン」は善玉のように持ち上げられ、セロトニンを高めることが精神状態をよくすることに繋がるといった風潮が強いですが、過剰になると精神状態が悪化するので適度にコントロールすることが大切です。
また、腑活症候群(アクチベーション・シンドローム)という、リストカット、自傷行為、自殺行為、パニック障害を引き起すこともあるので、境界性パーソナリティーと誤診される場合もあります。
実際に、1998年あたりから自殺率、自傷行為が急増しているのも、SSRIの利用が広まった頃と一致しています。
薬の服用によって症状が悪化することを医原病といいますが、向精神薬を服用し症状が悪化している人は医原病ともいえます。
うつ病でも向精神薬はしないほうが健康状態が維持できます。
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